出会い系

「会ってみたら怖いお兄さんかもしれないよ?」
初めてその人に会う直前に受け取ったメールには、そんな風にいたずらっぽいような試すような内容が書かれていました。
平成の10年代。

出会い系サイトと呼ばれる携帯電話からアクセスできるサイトが流行り始めて数年の頃だったと記憶しています。
私はたまたまアパートが近い女性とお酒を飲む約束を取り付けていました。

場所は私のアパート。
指定されたコンビニの前で携帯電話を見た私は、この電話の向こうにいる人はどんな女性なんだろうと思いを馳せながら、
「怖いお兄さんだったら泣きながら謝るだけです」
と返信をしました。

そして数分後。
夜の22時に彼女は現れました。
年齢は20代中盤でしょうか。

腰のくびれが艶っぽい線の細い長髪の女性がタクシーを降りてきました。
少し掴みどころのない雰囲気の美人です。
始めに僕はこんな綺麗な女性と、出会い系サイトで出会えるなんて信じられないと思い関係のない人だと思い込んでいました。

ですがその線の細い綺麗なお姉さんは
「怖いお兄さんですよ」
と、言ったのです。
嬉しさ半分、緊張半分の私はお金のない貧乏専門学生の身。

人との出会いを大切にしていきたい

人と会う時は、それが最後になるかもしれないと思って接しなさい。
それはどこで聞いた言葉だったでしょうか。
本だったか、或いはネット上だったか。
でも今、その言葉は本当だなとしみじみ思っています。

出会いはきっと何か特別なものが働いてもたらされるもの。
それが何なのか分かりませんが、確かにそんな気がするのです。
会うべき人と会うべき時に、出会うようになっているのかもしれません。
それを良いものにするのも嫌なものにするのも自分自身。
時に人との出会いはイライラしたり不快に思うこともあるものです。
その為、二度と会いたくないとか話したくないとその時思ってしまったりもします。
でも、それから間もなく引っ越しなどで別れてしまうこともありました。
そうなってから、大人げなかった自分を悔いたり、もう少し優しく接するべきだったと気が付くのです。でも、
だいたい突然の別れで謝ることもできなければ誤解と解くことも難しい。
会えなくなってから、後悔するのです。
今年もそんな別れが一つありました。
子供同士のことで少しあって、接することが最近無くなっていました。
それから間もなく遠くに引越すと聞いたのです。
子供達は嫌がったそうですが、仕事の都合で仕方が無かったと聞きました。
特別接する時間が長かったわけではありませんが、とても寂しく感じている今日この頃です。
本当は、もっと仲良くしたかったしできた人だった。
それが分かるから余計に辛いのです。
今度こそ、これが最後になるかもしれないと思って人と会うようにしたい。
今物凄くそう思っています。

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